人間と動物の「関係」。人間と動物の出会いという視点、最後に人間と人間の間に立つ動物という視点です。
どうして動物が人間に治療効果を及ぼすのか考えてみましょう。

オオカミのたどった道、人間のたどった道

まずは動物と人間の共同生活の歴史を語らなくてはならないでしょう。特に犬との歴史です。私の経験でも犬はアニマル・セラピーに最も適した動物だと思います。患者との親密度や、なにより犬自身が人間の役に立つことを喜ぶ習性があるからです。

犬は一番古い家畜といわれています。説はいろいろありますが、2~5万年くらい前から犬と人間は共同生活をするようになりました。いろいろな動物がいたのに、どうして全ての種類の動物の中で、犬が最も早く人間と暮らすようになり、さらに今でさえも最高のパートナーとして比類するもののない存在となったのでしょうか。よく考えてみると不思議だと思いませんか?

犬のたどってきた道

まず、犬のたどってきた道を追ってみましょう。いろいろな説がありましたが、詳しい研究により、現在では犬の先祖はオオカミと考えられています。

生物の歴史は追うものと追われるものの進化の応酬でした。肉食獣から逃げるために草食獣は脚力を進化させ、それを襲うためにさらに早く肉食獣が生まれ、その流れについてゆけない種は飢えたり食われたりして絶滅してゆきました。隠れる戦法を採った動物もいますし、鋭い爪を持つことや体を大きくすることや知恵をつける戦法を採った動物もいました。

犬の先祖が採った作戦は、早く走り、しかも雑食であるということでした。これによりオオカミは、猫と違って獲物がないときには植物を食べる可能であり、住める場所の選択が拡がりました。こうしてオオカミは、南極大陸とオーストラリア以外の全ての場所に君臨していったのです。

さらに早く走ることを取り入れたため、犬の先祖には今までなかった面白い特徴が備わりました。

それは集団行動でした。

今までのように単独で忍び寄って獲物を捕らえる方法では、自分より大きな獲物を捕らえることはなかなかできません。猫はこのやり方を採用しているため、自分より体の大きな動物に飛びかかることはめったにありません。犬の先祖は、単独ではなく他の仲間と一緒に獲物を襲うと、簡単に能率的に狩りが行えることを発見しました。

その集団性はしだいにみがかれてゆきました。声や表情などによりそれぞれが何を考えているか疎通をはかるようになりました。また、リーダーを決め、集団がリーダー中心で動くようになりました。

さらに集団性を維持するために、雄雌の絆が必要とされました。母子の結びつきは強く、また子どもへの教育も行われました。これはしだいに社会的な絆として育ってゆきました。

人間のたどった道

さて人間です。

驚くことに、オオカミよりはるか遅く出現した人間の進化も非常にオオカミと似ていました。非力だった人間は集団性を取り入れ、道具を手に入れ、それと同時に生まれるべくして生まれてきた社会性が育ってゆきました。徐々に人間は南から北に進出しましたが、その土地は全てオオカミたちがすでに繁栄していたところでした。

人間はオオカミほど早く走ることができなかったので、狙いは動きの遅い草食獣でした。動きの遅い草食獣は例えばマンモスのように大型になることを選んでいましたが、人間たちは新しく手に入れた「道具」でそれらを駆使してゆきました。

対するオオカミたちには「道具」はありませんでしたが、早い足がありました。そのため彼らの狙いはシカなどの足の速い中型草食獣でした。つまり、初めのころは人間とオオカミの間に獲物をめぐっての争いはわりあい少なかったのではないかとも考えられています。

しかし、しだいに大型草食動物の数は減り、人間の数が増え、人間の道具も進歩してきたために、オオカミと人間は獲物を狙って競合するようになりました。

犬と人間、社会的動物同士の出会い

ここで、人間とオオカミがついに向き合うこととなりました。面白いのは、この時点で、オオカミと人間があまりにかけ離れた進化の度合いであったとしたら、どちらかがどちらかを滅ぼす可能性があったことです。

しかし、人間とオオカミは同盟関係を結ぶこととなりました。ほどよい出会いであり、もしかしたら奇跡的な出会いであったのかもしれません。

人間にはオオカミほど早く走れる脚力はありませんでしたし、聴力や嗅覚もオオカミほどの能力は持っていませんでした。また、道具を持たないオオカミは大きな獲物を倒すことはできませんでした。

そこで彼らはお互いにそれを出し合うことにしたのです。人間と共に生活することを選んだオオカミは、家畜化し犬となりました。犬は獲物がどこにいるかを示し、それを追いかけ、人間は必要以上にそれを採り、犬たちにそれを振る舞いました。また、犬は夜、人間たちを襲おうとする肉食獣の襲来を俊敏に察知して知らせ、そのために人間は安心して眠ることができるようになり、睡眠時間の増量は知能の増加につながってゆきました。犬を採用した人間は進化が進み、人間を採用した犬も安定した生活を得ることができたのです。

犬が人間と見事に同盟関係を結ぶことができたのは、このように、どちらも見事な社会性を備えているためでした。犬が人間に「なつく」のには大きなふたつの理由があるのです。

ひとつは、犬は飼い主を母親とみて、一生その考え方の一部が残ることです。

もうひとつは、犬は飼い主を「群れのリーダー」として見ることです。どちらも社会性が発達したために存在した感覚です。

反対にいうと、飼い主は犬を「子ども」と見ると同時に、「群れの中の部下」と見ているのかもしれません。

人間は犬を改良し、自分に役立てるような形や色にしてゆきました。何代も交配を重ねて、追跡する犬は足を長くし、穴に潜る犬は足を短くし、闘う犬は顔を平らにしていったのです。さらに性格に関しても従順でありつづけるために、子どもの部分をいつまでも持ちつづけように選抜しました。これをネオテニー(幼形成熟)といいます。垂れ耳、巻き尾、吠える、遊び好きなお全てネオテニーの特徴です。

しかしいろいろ変化は遂げましたが、これらの特徴は全て、元を正せばオオカミの特徴の一部なのです。マイケル・W・フォックスはそれを意識してこういっています。「…イヌを訓練するということは新しい行動パターンをつくり出すことではないということだ。訓練とは、イヌがもともともっている行動パターンの表現を制御することなのである。」

同じ大きさの犬と比べて、オオカミの脳は20%も大きいといわれています。実はわれわれは犬に触れることによって、オオカミの誇張された一部に触れているのです。それにしても何とオオカミはすばらしい能力をもった動物なのでしょうか!

DNAに刻みこまれた人間と動物の絆

これらの進化とわれわれの出会いから「どうして犬が人間の健康にいいのか」を考察してみます。
まず、われわれは1~4万年の間、犬のおかげで安全な日々、豊かな日々を送ることができました。大草原で夜がふけてゆき、周りが闇で見えなくなったときに、犬が落ち着いて座ったり寝転んだりしている姿を見ることが、どれだけ人間に安息を与えたでしょうか。この自然の警報装置がわれわれの命を握っていたのです。  犬の鳴き声や様子を細かくうかがいながら、人間は獲物を追ったことでしょう。犬のことを知っていればいるほど、狩りがうまくできたはずです。人間と犬との絆を強くまじめにとらえた集団がこの時代に生き残っていったことと思います。